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今も昔も養生訓

2019.08.19

身体が弱かった貝原益軒は江戸時代の儒学者で独自の研究から養生訓を作りました当時は栄養の問題 衛生の問題などの感染症で当時は寿命は3-40歳でした。

その死因では脚気(ビタミンB1欠乏症、壊血病VC欠乏症) 感染症としては「はしか」「コレラ」「疱瘡:天然痘」などが猛威をふるっていましたが益軒は85歳まで生きました。

自分で自分の弱さを知り、自分で検証しながら少しでも良くすることが最後には健康寿命を延ばすことになるでしょう。